ฝึกแต่งกระทู้ธรรม

เลือกพุทธศาสนสุภาษิตบทตั้ง ระบบจะเลือกบทเชื่อมและเรียบเรียงเป็นตัวอย่างเรียงความแก้กระทู้ธรรมตามแบบสนามหลวง

เป็นตัวอย่างสำหรับฝึกหัด ไม่ใช่เฉลย — ผู้สอบควรเรียบเรียงด้วยภาษาของตนเอง และจำบาลีกับคัมภีร์ที่มาให้ถูกต้อง

ฉบับทดลอง — คำอธิบายและสำนวนเชื่อมบางส่วนยังอยู่ระหว่างตรวจทาน อาจมีการปรับแก้
ภาษาของเรียงความ / Language : ไทย English Indonesia 中文 Deutsch Dansk हिन्दी 日本語 नेपाली
この作文例は練習用であり、公式の模範解答ではありません。自分の言葉で書き、パーリ語とその出典を正しく覚えてください。
เรียงความภาษาญี่ปุ่น ใช้ได้เฉพาะสุภาษิตที่มีคำอธิบายฉบับแปลแล้ว — ธรรมศึกษาชั้นตรี (ต่างประเทศ) มี ๔๓ บท · บาลีแสดงเป็นอักษรโรมัน
สุ่มบทตั้ง
ธรรมศึกษาชั้นตรี (ต่างประเทศ) · สนามหลวงกำหนดสุภาษิตให้ ๓ บท ให้ผู้สอบเลือกมาอ้างประกอบ ๑ บท · ต้องบอกชื่อคัมภีร์ที่มา · ชุดจำลองเลือกจากสุภาษิตของชั้นนี้ในหลักสูตรฉบับปรับปรุง ๒๕๕๗
ชุดสุภาษิตที่ให้เลือก (จำลอง ๓ บท)
ชั้นนี้เชื่อม ๑ บท · กดเลือกบทอื่นเพื่อเปลี่ยนแทนบทเดิม · เลือกครบแล้วระบบแต่งใหม่ทันที
ตัวอย่างนี้เรียบเรียงจากคำอธิบายพุทธศาสนสุภาษิตที่ผ่านการตรวจทาน ใช้ดูแนวการวางโครงเรื่องและการเชื่อมความ ไม่ใช่เฉลยของสนามหลวง ผู้สอบควรฝึกเขียนด้วยสำนวนของตนเอง
ธรรมศึกษาชั้นตรี (ต่างประเทศ) · บทเชื่อม ๑ บท · ภาษาญี่ปุ่น ประมาณ ๑,๔๒๐ ตัวอักษร
สุ่มสำนวนเชื่อม
Sukhassa dātā medhāvīSukhaṃ so adhigacchati
幸福を与える賢者は幸福を得る。
(増支部・五集 22/45)

อารัมภบทこれより、冒頭に掲げた法の主題の意味を詳しく説き明かし、学びと実践の指針といたします。

อธิบายบทตั้ง説明いたしますと、「賢者」とは、何が有益で何が有益でないかを知っている、智慧のある人を意味します。また「楽を与える人」とは、物を与えること、手助けをすること、そして害を加えないことによって、他の人を幸せにする人を意味します。この格言は、他の人に楽を与える智慧ある人は、その報いとして楽を得ると教えています。それは、ある原因をなせば、それに応じた結果が得られるという原則に従っているのです。

ขยายความบทตั้ง「与える賢者」という言葉が使われているのは、本当の楽を与えるには智慧が必要だからです。与える人は、自分が与える楽が善い楽であって、堕落へと導く楽ではないことを知っていなければなりません。たとえば、友だちを遊び歩きやたむろに誘うことは、友だちが楽しんだとしても、正しく楽を与えることではありません。智慧をもって楽を与えるとは、他の人を安心させ、安全にし、向上させることです。このように与えるなら、与える人は与えているそのときに、心の満足という楽を得、そしてのちに、他の人からの愛と尊敬と助けという楽を得ます。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๑布施の果報は一度施せばそれで終わるものではありません。最上のものを施す人には、最上のものが善い報いとして何度も返ってきます。これは、『増支部・五集』に説かれる次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๑説明いたしますと、「最上のもの」とは、最も良いもの、同じ種類のものの中で最高のものを意味します。この格言は、最上のものを与える人は、ふたたび最上のものを得ると教えています。「ふたたび」という言葉は、与えることの結果が一度の布施で終わるのではなく、繰り返し何度も与える人のもとに善となって返ってくることを示しています。

อธิบายบทเชื่อม ๑仏教の教えにおいて、心を傾けて供養すべき最上のものは三宝、すなわち仏・法・僧です。三宝への浄信をもって布施を行う人は、最上のものに与えたといえます。また別の意味では、最上のものを与えるとは、二番目の物や余り物ではなく、自分の持っている最も良いものを選んで与えることをも意味します。与える人の心がこのように最上を目指しているとき、与えることの結果もそれに応じて、心の幸せ、良い評判、そして将来の繁栄という形で最上のものとなります。

ตัวอย่างในชีวิต実際の生活では、慈しみをもって患者の世話をし、患者を痛みから解放する医師や看護師は、人の命を救えたことに心の幸せを感じ、人々から尊敬されます。熱心に勉強して行いを正しくし、両親を安心させる子どもは、両親から愛され信頼されます。悲しんでいる友だちを慰める生徒も、自分が苦しいときには、慰めてくれる友だちがいるものです。

สรุป結論として、楽を望む人は、他の人を害することによって楽を求めるべきではなく、智慧をもって周りの人々に楽を与える人となるべきです。私たちが与えた楽は、必ず私たちのもとに返ってくるからです。これは、冒頭に主題として掲げた次の法の言葉のとおりです。

Sukhassa dātā medhāvīSukhaṃ so adhigacchati
幸福を与える賢者は幸福を得る。

ปิดท้าย以上に述べてきたとおりの趣旨であります。

พุทธศาสนสุภาษิต แบบฝึกท่องจำ หน้าหลัก