ฝึกแต่งกระทู้ธรรม

เลือกพุทธศาสนสุภาษิตบทตั้ง ระบบจะเลือกบทเชื่อมและเรียบเรียงเป็นตัวอย่างเรียงความแก้กระทู้ธรรมตามแบบสนามหลวง

เป็นตัวอย่างสำหรับฝึกหัด ไม่ใช่เฉลย — ผู้สอบควรเรียบเรียงด้วยภาษาของตนเอง และจำบาลีกับคัมภีร์ที่มาให้ถูกต้อง

ฉบับทดลอง — คำอธิบายและสำนวนเชื่อมบางส่วนยังอยู่ระหว่างตรวจทาน อาจมีการปรับแก้
ภาษาของเรียงความ / Language : ไทย English Indonesia 中文 Deutsch Dansk हिन्दी 日本語 नेपाली
この作文例は練習用であり、公式の模範解答ではありません。自分の言葉で書き、パーリ語とその出典を正しく覚えてください。
เรียงความภาษาญี่ปุ่น ใช้ได้เฉพาะสุภาษิตที่มีคำอธิบายฉบับแปลแล้ว — ธรรมศึกษาชั้นตรี (ต่างประเทศ) มี ๔๓ บท · บาลีแสดงเป็นอักษรโรมัน
สุ่มบทตั้ง
ธรรมศึกษาชั้นตรี (ต่างประเทศ) · สนามหลวงกำหนดสุภาษิตให้ ๓ บท ให้ผู้สอบเลือกมาอ้างประกอบ ๑ บท · ต้องบอกชื่อคัมภีร์ที่มา · ชุดจำลองเลือกจากสุภาษิตของชั้นนี้ในหลักสูตรฉบับปรับปรุง ๒๕๕๗
ชุดสุภาษิตที่ให้เลือก (จำลอง ๓ บท)
ชั้นนี้เชื่อม ๑ บท · กดเลือกบทอื่นเพื่อเปลี่ยนแทนบทเดิม · เลือกครบแล้วระบบแต่งใหม่ทันที
ตัวอย่างนี้เรียบเรียงจากคำอธิบายพุทธศาสนสุภาษิตที่ผ่านการตรวจทาน ใช้ดูแนวการวางโครงเรื่องและการเชื่อมความ ไม่ใช่เฉลยของสนามหลวง ผู้สอบควรฝึกเขียนด้วยสำนวนของตนเอง
ธรรมศึกษาชั้นตรี (ต่างประเทศ) · บทเชื่อม ๑ บท · ภาษาญี่ปุ่น ประมาณ ๑,๖๒๐ ตัวอักษร
สุ่มสำนวนเชื่อม
Puññaṃ corehi dūharaṃ
功徳は盗賊に奪われない。
(相応部・有偈篇 15/50)

อารัมภบทこれより、冒頭に掲げた法の主題の意味を詳しく説き明かし、学びと実践の指針といたします。

อธิบายบทตั้ง説明いたしますと、「功徳」とは、布施をすること、戒を守ること、修習をすること、その他の善い行いをすることによって心に生じる善を意味します。この格言は、功徳は盗賊が奪い去ることのできない財であると教えています。それは、お金や家、車、装身具などの外の財とは異なります。外の財は、いつ盗まれたり、火事で焼けたり、洪水で流されたり、なくなったりするかわかりません。

ขยายความบทตั้งこの格言の出典である経には、次のような問いがあります。老いるまで善いものは何か、しっかりと確立されて善いものは何か、人々の宝は何か、盗賊が奪い去ることのできないものは何か。その答えは、戒は老いるまで善く、信はしっかりと確立されて善く、智慧は人々の宝であり、功徳は盗賊が奪い去ることができない、というものです。盗賊が功徳を奪い去ることができないのは、功徳が金庫や銀行の中にあるのではなく、行った人の心の中にあるからです。誰も手を入れて盗むことはできず、どんな自然災害も壊すことはできません。そして功徳は、生まれ変わりを越えてまでも、行った人にどこまでもついていくのです。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๑この世を去れば、財産も親族も地位もついて来ることはできません。来世において生きものを守る拠り所となるのは、ただ功徳だけです。これは、『相応部・有偈篇』に説かれる次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๑説明いたしますと、「拠り所」とは、守ってくれ、安心を与えてくれ、危険から逃れる助けとなるものを意味します。また「来世」とは、この世で命を終えたのちに生きものが生まれる世界を意味します。この格言は、功徳は来世におけるすべての生きものの拠り所であると教えています。すなわち、この世を去ったのちには、財産も親族も地位も名誉もついていくことはできず、自分が行った功徳と悪だけがついていくのであり、功徳こそが守ってくれる唯一のものなのです。

อธิบายบทเชื่อม ๑この世では、人にはさまざまな拠り所があります。たとえば、親は子の拠り所であり、親族や友人は困ったときの拠り所であり、財産は暮らしの拠り所です。しかし、これらの拠り所には限りがあります。この世を去るべき時が来れば、これらの拠り所はついていくことができません。仏教は、生きものは業を自分のものとし、業の相続者であり、善であれ悪であれ、自らなした業の報いを受ける者であると教えています。ですから、この世を去ったのちについていくのは、自らなした業だけです。よく行われた功徳は、功徳を行ったその人を来世において迎え入れてくれます。それはちょうど、長いあいだ遠くに出かけていた愛する親族が無事に家に帰ってきたのを、親族たちが喜んで迎えるようなものです。ですから功徳は、来世における本当の拠り所なのです。

ตัวอย่างในชีวิต実際の生活では、多くの財を持っていた人が、ある日だまされたり、事業が倒産したり、災害にあったりして、すべてを失ってしまうことがあるのを目にします。しかし、その人がかつて行った善、たとえば他人を助けたこと、正直さ、思いやりなどは、人々の記憶に残り、困ったときに手を差し伸べてくれる人を生むことがよくあります。心から友だちを助けたことのある学生も、その善はいつまでもその人のものであり、誰にも奪うことはできません。

สรุป結論として、確かで安全な財を願う人は、外の財だけを蓄えるのではなく、常に功徳を積むべきです。功徳こそが、決してなくなることのない本当の財だからです。これは、冒頭に主題として掲げた次の法の言葉のとおりです。

Puññaṃ corehi dūharaṃ
功徳は盗賊に奪われない。

ปิดท้าย以上に述べてきたとおりの趣旨であります。

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