ฝึกแต่งกระทู้ธรรม

เลือกพุทธศาสนสุภาษิตบทตั้ง ระบบจะเลือกบทเชื่อมและเรียบเรียงเป็นตัวอย่างเรียงความแก้กระทู้ธรรมตามแบบสนามหลวง

เป็นตัวอย่างสำหรับฝึกหัด ไม่ใช่เฉลย — ผู้สอบควรเรียบเรียงด้วยภาษาของตนเอง และจำบาลีกับคัมภีร์ที่มาให้ถูกต้อง

ฉบับทดลอง — คำอธิบายและสำนวนเชื่อมบางส่วนยังอยู่ระหว่างตรวจทาน อาจมีการปรับแก้
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この作文例は練習用であり、公式の模範解答ではありません。自分の言葉で書き、パーリ語とその出典を正しく覚えてください。
เรียงความภาษาญี่ปุ่น ใช้ได้เฉพาะสุภาษิตที่มีคำอธิบายฉบับแปลแล้ว — ธรรมศึกษาชั้นโท (ต่างประเทศ) มี ๓๒ บท · บาลีแสดงเป็นอักษรโรมัน
สุ่มบทตั้ง
ธรรมศึกษาชั้นโท (ต่างประเทศ) · สนามหลวงกำหนดสุภาษิตให้ ๕ บท ให้ผู้สอบเลือกมาอ้างประกอบ ๒ บท · ต้องบอกชื่อคัมภีร์ที่มา · ชุดจำลองเลือกจากสุภาษิตของชั้นนี้ในหลักสูตรฉบับปรับปรุง ๒๕๕๗
ชุดสุภาษิตที่ให้เลือก (จำลอง ๕ บท)
ชั้นนี้เชื่อม ๒ บท · ลำดับที่กดเลือก = ลำดับในเรียงความ · ครบแล้วต้องเอาบทเดิมออกก่อนจึงเลือกบทอื่นได้ · เลือกครบแล้วระบบแต่งใหม่ทันที
ตัวอย่างนี้เรียบเรียงจากคำอธิบายพุทธศาสนสุภาษิตที่ผ่านการตรวจทาน ใช้ดูแนวการวางโครงเรื่องและการเชื่อมความ ไม่ใช่เฉลยของสนามหลวง ผู้สอบควรฝึกเขียนด้วยสำนวนของตนเอง
ธรรมศึกษาชั้นโท (ต่างประเทศ) · บทเชื่อม ๒ บท · ภาษาญี่ปุ่น ประมาณ ๓,๐๐๐ ตัวอักษร
สุ่มสำนวนเชื่อม
Atha pāpāni kammāniKaraṃ bālo na bujjhati
Sehi kammehi dummedhoAggidaḍḍhova tappati
智慧の乏しい愚者は悪業をなしても気づかず、火に焼かれるように自らの業に苦しむ。
(小部・法句経 25/33)

อารัมภบทこれより、冒頭に掲げた法の主題の意味を詳しく説き明かし、学びと実践の指針といたします。

อธิบายบทตั้ง説明いたしますと、この格言は、愚か者は後に続く悪い結果をはっきりと知らないまま悪を行うが、悪業が報いをもたらすとき、自分のしたことによって自ら苦しみを受けなければならないと教えています。ここでいう「愚か者」とは、罪と功徳、利益と害を考える智慧を欠いた人を指しており、教育をあまり受けていない人を意味するのではありません。

ขยายความบทตั้งこの句の「気づかない」という言葉について、注釈書は、自分のなした業がどのような報いをもたらすかを知らないことであり、悪を行っていることを知らないという意味ではないと説明しています。たとえば、ある人は、ごまかしたり他人を傷つけたりすることが間違いだと知っていながら、利益を得たい、あるいは仕返しをしたいという思いから、その後に来る悪い結果に気づかないまま行ってしまいます。また「火に焼かれたかのように」という言葉は、悪業の報いによる焼けつくような苦しみを表しており、注釈書は地獄での苦しみにも言及しています。したがってそれは、自分が間違ったことをしたと知ったときの後悔よりも広い意味を持っているのです。

ขยายความบทตั้ง大切な教えは、その時に得られる満足や利益だけを見るのではなく、行動する前に念と智慧を用いて、それが正しいかどうか、誰かを害することにならないか、どのような悪い結果が生じうるかを考えるべきだということです。たとえ怒っているときや、何かをひどく欲しているときでも、立ち止まって考え、感情に流されて過ちを犯さないようにすべきです。悪い結果がすぐに見えないからといって、悪が行ってよいものになるわけではありません。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๑物事を先延ばしにし、先になすべきことを後回しにする人は、差し迫ったときになって悔いることになります。慌てて行う仕事は、たいていうまくいかないからです。これは、『小部・本生経・一集』に説かれる次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๑説明いたしますと、この格言は、仕事の順序を立て、ふさわしい時に取りかかり、先延ばしにしないよう教えています。大切な仕事を差し迫るまで放っておくと、急いでやらなければならなくなって間違いが生じ、困難を招くことになるからです。

อธิบายบทเชื่อม ๑『ヴァルナ・ジャータカ』の注釈書には、次のような話があります。若者たちの一団が薪を集めに森へ行きました。一人の若者はヴァルナの木を見て枯れ木だと思い込み、先に横になって休み、後で薪を折ればよいと考えました。仲間に起こされると、彼は慌てて木に登って枝を折ろうとし、跳ね返った枝が目に当たってけがをしました。彼は生木の薪を持ち帰り、仲間の薪の上に重ねて置きました。翌朝、ご飯を炊く者がその生木を使いましたが、火がなかなかおこらずに遅くなってしまい、一行は予定どおりに出発することができませんでした。この話は、先延ばしにして後で慌ててすることが、自分にも他者にも損害をもたらしうることを示しています。

อธิบายบทเชื่อม ๑どの仕事にもふさわしい順序と時があります。ある仕事は、先に終わらせなければ他の仕事を始めることができません。前もって準備すれば、考え、確かめ、間違いを直す時間がありますが、期限ぎりぎりまで放っておくと、ただ終わらせることしかできず、丁寧に見直す機会がなくなってしまいます。ですから、困難の中には、先延ばしにして準備が間に合わなかったことから生じるものがあり、それは早めに取りかかることで減らせたはずなのです。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๒人が他の人の苦しみの上に自分の楽を築き、力や暴力で他を害するならば、そうして得た楽は長続きせず、死後にも楽を得ることはありません。これは、『小部・法句経』に説かれる次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๒説明いたしますと、「生きとし生けるもの」には、人間もその他の動物も含まれます。「杖」とは、ここでは害を加えるのに用いる棒や武器のことであり、「死後に」とは、この世を去った後、すなわち死んだ後のことです。この格言は、他の命を害して自分の安楽を求めることは悪業であり、来世の安楽には至らないと警告しています。

อธิบายบทเชื่อม ๒『ダンマパダ』の注釈書には、次のような話があります。ブッダは、子どもたちが棒で蛇を打っているのをご覧になりました。そのわけをお尋ねになると、子どもたちは蛇にかまれるのが怖いからだと答えました。そこでブッダは、自分の安楽を願う者は他の生きものを害してはならないとお教えになり、この偈をお説きになりました。この話は、私たちが命を愛し、痛みを嫌うのと同じように、他の命もまた安楽を求め、害されることを望まないということを考えさせてくれます。

อธิบายบทเชื่อม ๒他者を害する人は、目先の満足や利益を得るかもしれませんが、その満足は相手の苦しみの上に成り立っています。さらに、恐れや争いや不和を引き起こすこともあります。害することに慣れてしまうと、他者の痛みをますます見過ごしやすくなることもあります。ですから私たちは慈しみを修め、自分の安楽のためにしていることが誰かに苦しみを与えていないかを考えるべきです。

ตัวอย่างในชีวิตこの教えを日常生活に当てはめると、飲酒運転をする人は、その行為が自分や他人を傷つける危険があるにもかかわらず、危険を軽く見てしまうかもしれません。面白半分に他人を中傷する書き込みをする人は、非難された人に損害を与え、自分自身も信頼を失うかもしれません。また、いつも宿題を写している生徒は、期限までに提出できたとしても、練習の機会を失い、授業を理解できなくなるかもしれません。これらの例は、一時の満足が後の苦しみにつながりうることを示しています。

สรุป結論として、苦しみを望まない人は、念と智慧を修め、過ちを犯しそうになったときに自分を抑えることを知るべきです。もしすでに過ちを犯してしまったなら、それを認め、できるかぎり損害を償い、二度と繰り返さないと決意すべきです。すでにしてしまったことを遡って変えることはできなくても、苦しみの原因をさらに作ることはやめられます。ですから、私たちは自分の行いに対して怠ってはなりません。これは、冒頭に主題として掲げた次の法の言葉のとおりです。

Atha pāpāni kammāniKaraṃ bālo na bujjhati
Sehi kammehi dummedhoAggidaḍḍhova tappati
智慧の乏しい愚者は悪業をなしても気づかず、火に焼かれるように自らの業に苦しむ。

ปิดท้าย以上に述べてきたとおりの趣旨であります。

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