ฝึกแต่งกระทู้ธรรม

เลือกพุทธศาสนสุภาษิตบทตั้ง ระบบจะเลือกบทเชื่อมและเรียบเรียงเป็นตัวอย่างเรียงความแก้กระทู้ธรรมตามแบบสนามหลวง

เป็นตัวอย่างสำหรับฝึกหัด ไม่ใช่เฉลย — ผู้สอบควรเรียบเรียงด้วยภาษาของตนเอง และจำบาลีกับคัมภีร์ที่มาให้ถูกต้อง

ฉบับทดลอง — คำอธิบายและสำนวนเชื่อมบางส่วนยังอยู่ระหว่างตรวจทาน อาจมีการปรับแก้
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この作文例は練習用であり、公式の模範解答ではありません。自分の言葉で書き、パーリ語とその出典を正しく覚えてください。
เรียงความภาษาญี่ปุ่น ใช้ได้เฉพาะสุภาษิตที่มีคำอธิบายฉบับแปลแล้ว — นักธรรมชั้นโท มี ๒๙ บท · บาลีแสดงเป็นอักษรโรมัน
สุ่มบทตั้ง
นักธรรมชั้นโท · สนามหลวงกำหนดให้อ้างสุภาษิตมาประกอบอย่างน้อย ๒ บท และเขียนไม่น้อยกว่า ๓ หน้ากระดาษ · ต้องบอกชื่อคัมภีร์ที่มา และไม่ซ้ำกับบทตั้ง · บทเชื่อมใช้เฉพาะสุภาษิตในพุทธศาสนสุภาษิต เล่ม ๒
สุภาษิตบทเชื่อมที่เข้ากัน
ชั้นนี้เชื่อม ๒ บท · ลำดับที่กดเลือก = ลำดับในเรียงความ · ครบแล้วต้องเอาบทเดิมออกก่อนจึงเลือกบทอื่นได้ · เลือกครบแล้วระบบแต่งใหม่ทันที
ตัวอย่างนี้เรียบเรียงจากคำอธิบายพุทธศาสนสุภาษิตที่ผ่านการตรวจทาน ใช้ดูแนวการวางโครงเรื่องและการเชื่อมความ ไม่ใช่เฉลยของสนามหลวง ผู้สอบควรฝึกเขียนด้วยสำนวนของตนเอง
นักธรรมชั้นโท · บทเชื่อม ๒ บท · ภาษาญี่ปุ่น ประมาณ ๒,๕๕๖ ตัวอักษร
สุ่มสำนวนเชื่อม
Attānameva paṭhamaṃPaṭirūpe nivesaye
AthaññamanusāseyyaNa kilisseyya paṇḍito
賢者はまず自らをふさわしい徳に安立させ、その後に他人を教えるべきである。そうすれば汚れることがない。
(小部・法句経 25/36)

อารัมภบทこれより、冒頭に掲げた法の主題の意味を詳しく説き明かし、学びと実践の指針といたします。

อธิบายบทตั้ง説明いたしますと、「ふさわしい徳」とは、自分の立場や教えようとする内容にかなった行いと徳のことであり、「汚されない」とは、非難されず、評判を失わず、心を悩ませないことです。この格言は、まず自分を改め、それから他者を教えるという正しい順序を教えています。

ขยายความบทตั้ง『ダンマパダ』では、この格言はウパナンダにかかわるものです。彼は少欲知足について見事に説くことができましたが、自分は必需品を貪っていました。真実が明らかになると、彼は非難されました。そこでブッダは、賢者はまず自らをふさわしい徳に確立させるべきであると説かれました。この話は、話したり教えたりする能力も、行いによって支えられていなければ、かえって教える人自身を汚すことを示しています。

ขยายความบทตั้งこの格言は「他者を教えるように、自分もそのように行うべきである」という格言に近いものですが、教える人自身への影響、すなわち汚されるか、それとも心にやましさがないかという点を強調しています。まず自らを善に確立させた人は、他者を教えるとき、自分の行いを聞き手に問われる心配なく、確信をもって語ることができ、その教えには重みと説得力があります。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๑物事の優先順位をわきまえた人は、他の事にかまけて自分を損なうほどに、自らの利益、すなわち知識と善を身につけ苦から解放されるよう自分を育てることを捨てたりはしません。これは、『小部・法句経』に説かれる次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๑説明いたしますと、「損なう」とは、無駄にしたり捨てたりすることであり、「自分の利益」とは、ここでは人生の本当の利益、すなわち知識と善と苦しみからの解放において自分を高めることを指します。この格言は、優先順位をつけ、他のことのために自分の主な務めを捨てて自分が損なわれることのないよう教えています。

อธิบายบทเชื่อม ๑『ダンマパダ』では、この格言はアッタダッタ長老にかかわるものです。ブッダが般涅槃に入ると告げられたとき、多くの比丘がブッダの周りに集まりましたが、長老はまず道果を得ようと修行を急ぐことを決意しました。ブッダは彼をほめ、法にしたがって修行することこそが師を敬う本当の道であると説かれました。この話は、格言の「自分の利益」が物質的な利益や自分勝手さではなく、自分の大切な務めを果たすことを意味していることを示しています。

อธิบายบทเชื่อม ๑とはいえ、この格言は他者を助けることをおろそかにせよと教えているのではありません。仏教は自利と利他の両方を説きますが、まだ自分を高めていない人は、他者を助けることにも限りがあります。泳げない人が溺れている人を助けるのが難しいのと同じです。ですから、自分を高めることは、他者を効果的に、また長く助けるための土台なのです。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๒人がよく自己を調えてこそ、他人を調えるにふさわしい者となります。自分では教えのとおりに行えないのに、口先だけで他人に教える人とは異なります。これは、『小部・法句経』に説かれる次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๒説明いたしますと、この格言は、他者を教えようとする人は、まず自分が教えることを実践すべきだと教えています。教える人が本当にそれを生きているとき、教えに重みが生まれるからです。また、他人に指図するよりも自分を調えるほうが難しいことを思い出させてくれます。

อธิบายบทเชื่อม ๒『ダンマパダ』では、この格言はパダーニカティッサ長老にかかわるものです。彼は若い比丘たちに精進するよう励ましながら、自分は修行すべき時に眠っていました。そのため比丘たちは十分に休めず、修行も進みませんでした。そこでブッダは、教える者はまず自分が教えることを行えるようにすべきであると説かれました。この話は、自ら行わずに教えることは実を結ばないばかりか、他者に迷惑をかけることさえあることを示しています。

อธิบายบทเชื่อม ๒自分を調えるのが難しいのは、他人の過ちはよく見えても自分の過ちは見えにくく、心の習慣は変化に抵抗するからです。悪い習慣をやめるよう他人に言うには言葉だけで足りますが、その習慣を自分でやめるには、忍耐と念と絶え間ない精進が必要です。自分を調えた人は変わることの難しさを知っているので、思いやりをもって、よい結果が出るように他者を導くことができます。

ตัวอย่างในชีวิต日常生活では、他人にプラスチックの使用を減らそうと呼びかける人は、まず自分の使用を減らすべきです。節約を教える人は、自分が浪費する姿を人に見せるべきではありません。学級委員として友だちに教室をきれいにするよう呼びかける生徒は、まず自分の机の周りのごみを拾うことから始めるべきです。このようにできれば、他者への注意も受け入れられるようになります。

สรุป結論として、他者を導き教える務めのある人は、いつも自分を省み、まず自分が教える善に自らを確立させるべきです。これは、冒頭に主題として掲げた次の法の言葉のとおりです。

Attānameva paṭhamaṃPaṭirūpe nivesaye
AthaññamanusāseyyaNa kilisseyya paṇḍito
賢者はまず自らをふさわしい徳に安立させ、その後に他人を教えるべきである。そうすれば汚れることがない。

ปิดท้าย以上に述べてきたとおりの趣旨であります。

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