ฝึกแต่งกระทู้ธรรม

เลือกพุทธศาสนสุภาษิตบทตั้ง ระบบจะเลือกบทเชื่อมและเรียบเรียงเป็นตัวอย่างเรียงความแก้กระทู้ธรรมตามแบบสนามหลวง

เป็นตัวอย่างสำหรับฝึกหัด ไม่ใช่เฉลย — ผู้สอบควรเรียบเรียงด้วยภาษาของตนเอง และจำบาลีกับคัมภีร์ที่มาให้ถูกต้อง

ฉบับทดลอง — คำอธิบายและสำนวนเชื่อมบางส่วนยังอยู่ระหว่างตรวจทาน อาจมีการปรับแก้
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この作文例は練習用であり、公式の模範解答ではありません。自分の言葉で書き、パーリ語とその出典を正しく覚えてください。
เรียงความภาษาญี่ปุ่น ใช้ได้เฉพาะสุภาษิตที่มีคำอธิบายฉบับแปลแล้ว — นักธรรมชั้นโท มี ๒๙ บท · บาลีแสดงเป็นอักษรโรมัน
สุ่มบทตั้ง
นักธรรมชั้นโท · สนามหลวงกำหนดให้อ้างสุภาษิตมาประกอบอย่างน้อย ๒ บท และเขียนไม่น้อยกว่า ๓ หน้ากระดาษ · ต้องบอกชื่อคัมภีร์ที่มา และไม่ซ้ำกับบทตั้ง · บทเชื่อมใช้เฉพาะสุภาษิตในพุทธศาสนสุภาษิต เล่ม ๒
สุภาษิตบทเชื่อมที่เข้ากัน
ชั้นนี้เชื่อม ๒ บท · ลำดับที่กดเลือก = ลำดับในเรียงความ · ครบแล้วต้องเอาบทเดิมออกก่อนจึงเลือกบทอื่นได้ · เลือกครบแล้วระบบแต่งใหม่ทันที
ตัวอย่างนี้เรียบเรียงจากคำอธิบายพุทธศาสนสุภาษิตที่ผ่านการตรวจทาน ใช้ดูแนวการวางโครงเรื่องและการเชื่อมความ ไม่ใช่เฉลยของสนามหลวง ผู้สอบควรฝึกเขียนด้วยสำนวนของตนเอง
นักธรรมชั้นโท · บทเชื่อม ๒ บท · ภาษาญี่ปุ่น ประมาณ ๒,๓๗๒ ตัวอักษร
สุ่มสำนวนเชื่อม
Kevalānaṃpi pāpānaṃKhanti mūlaṃ nikantati
GarahakalahādīnaṃMūlaṃ khanati khantiko
忍耐はあらゆる悪の根を断つ。忍耐ある人は非難や争いなどの根を掘り起こす。
(タイ王室版読誦経典(第5版))

อารัมภบทこれより、冒頭に掲げた法の主題の意味を詳しく説き明かし、学びと実践の指針といたします。

อธิบายบทตั้ง説明いたしますと、この格言は、悪と争いを根のある木に、忍耐をその根を断ち切り掘り起こす道具にたとえ、悪がもはや育たないようにすることを示しています。

ขยายความบทตั้ง多くの悪は、心が自分の感情に耐えられないことに根ざしています。怒って耐えられなければ、ののしったり傷つけたりし、欲しくて耐えられなければ、盗んだりだましたりし、挑発されて耐えられなければ、事が大きくなるまで仕返しをします。忍耐はブレーキのように働き、感情が行動になる前に心を止めます。心が止まれば悪の根は断たれ、より大きな悪へと枝を伸ばす機会はありません。

ขยายความบทตั้ง非難や争いは、たいていどちらの側も忍耐しようとしないために起こります。一方がきつく言えば、もう一方はもっときつく言い返し、争いはどんどん大きくなっていきます。忍耐ある人は火に油を注ぎません。感情で応じなければ争いは続かず、後で非難されるようなことをすることもありません。ですから、ここでいう忍耐とは感情を押し殺すことではなく、感情から生まれる行動を抑え、心が落ち着いてから理性で問題を解決することなのです。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๑耐え忍ぶことのできる忍耐ある人は、師の教えにそのまま従う者であり、煩悩に打ち勝った勝者を、物による供養にもまさる最上の供養によって供養する者です。これは、『タイ王室版読誦経典(第5版)』という書に収められた次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๑説明いたしますと、「勝者」(ジナ)とは、あらゆる煩悩に打ち勝たれたブッダのことです。この格言は、忍耐と堪忍がブッダの教えを直接に実践することであり、物による供養よりも尊い敬いであることを示しています。

อธิบายบทเชื่อม ๑仏教の教えの核心を述べた『教誡波羅提木叉』の中で、ブッダは、忍耐・堪忍こそ最上の苦行であると説かれました。ですから、忍耐ある人は師の教えを実践しているといわれるのです。さらに、忍耐は他の教えを実践するための土台でもあります。悪を捨て、善を行い、心を清めることは、どれも困難や煩悩の誘惑に対する忍耐を必要とするからです。

อธิบายบทเชื่อม ๑供養には二つあります。花や香やろうそくなどの物をささげる財供養(アーミサ・プージャー)と、教えを実践することによる法供養(パティパッティ・プージャー)です。仏教は、実践による供養を最上の供養として讃えています。それこそが、ブッダが人々の生活の中に実現されることを望まれたものだからです。忍耐して他者を害さない人は、たとえ多くの物をささげなくても、最も尊い供養によってブッダを敬っているといわれます。とはいえ、敬う心で、また修行を思い起こすきっかけとして行う財供養にも、価値はあります。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๒人が不満に耐え、怒りで仕返しをしないならば、周りの人々に愛され信頼されます。そして利得も名声も楽も、おのずとその人のもとにやって来ます。これは、『タイ王室版読誦経典(第5版)』という書に収められた次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๒説明いたしますと、この格言は、心の徳、人生の繁栄、そして他者から愛されることという、忍耐のいくつかの福徳を示しています。

อธิบายบทเชื่อม ๒忍耐ある人が慈しみをもつとされるのは、他者の過ちに対する忍耐が、相手の幸せを願い、相手が苦しむことを望まない心から生まれるからです。ですから、忍耐と慈しみは互いに支え合っています。忍耐ある人に利得と名声があるのは、忍耐が仕事を成し遂げさせ、落ち着いた人柄が信頼を得て、大切な責任を任されるからです。忍耐ある人が常に安楽なのは、怒りに焼かれることがなく、念を失ったときにしたことを悔やむ必要がないからです。

อธิบายบทเชื่อม ๒神々と人々に愛されるというのは、忍耐の徳が広く認められていることを示しています。誰もが、穏やかで話していて心地よく、怒りや仕返しを心配しなくてよい人のそばにいたいと思うものです。このように愛されることは、他人の機嫌をとることから生まれるのではなく、忍耐ある人自身の心の安定から生まれるのです。

ตัวอย่างในชีวิต日常生活では、割り込まれても追いかけたりののしったりせずに忍耐する運転者は、路上での争いを防ぎます。怒っているときにきつい言葉を控える家族は、互いの関係を守ります。友だちにからかわれても、暴力で仕返しをせずにその場を離れて先生に相談する生徒は、罰を受けずに済み、敵を増やすこともありません。

สรุป結論として、悪や争いのない人生を願う人は、感情が高ぶったときに、話したり行動したりする前に心を止めるよう、忍耐を修めるべきです。これは、冒頭に主題として掲げた次の法の言葉のとおりです。

Kevalānaṃpi pāpānaṃKhanti mūlaṃ nikantati
GarahakalahādīnaṃMūlaṃ khanati khantiko
忍耐はあらゆる悪の根を断つ。忍耐ある人は非難や争いなどの根を掘り起こす。

ปิดท้าย以上に述べてきたとおりの趣旨であります。

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