ฝึกแต่งกระทู้ธรรม

เลือกพุทธศาสนสุภาษิตบทตั้ง ระบบจะเลือกบทเชื่อมและเรียบเรียงเป็นตัวอย่างเรียงความแก้กระทู้ธรรมตามแบบสนามหลวง

เป็นตัวอย่างสำหรับฝึกหัด ไม่ใช่เฉลย — ผู้สอบควรเรียบเรียงด้วยภาษาของตนเอง และจำบาลีกับคัมภีร์ที่มาให้ถูกต้อง

ฉบับทดลอง — คำอธิบายและสำนวนเชื่อมบางส่วนยังอยู่ระหว่างตรวจทาน อาจมีการปรับแก้
ภาษาของเรียงความ / Language : ไทย English Indonesia 中文 Deutsch Dansk हिन्दी 日本語 नेपाली
この作文例は練習用であり、公式の模範解答ではありません。自分の言葉で書き、パーリ語とその出典を正しく覚えてください。
เรียงความภาษาญี่ปุ่น ใช้ได้เฉพาะสุภาษิตที่มีคำอธิบายฉบับแปลแล้ว — นักธรรมชั้นโท มี ๒๙ บท · บาลีแสดงเป็นอักษรโรมัน
สุ่มบทตั้ง
นักธรรมชั้นโท · สนามหลวงกำหนดให้อ้างสุภาษิตมาประกอบอย่างน้อย ๒ บท และเขียนไม่น้อยกว่า ๓ หน้ากระดาษ · ต้องบอกชื่อคัมภีร์ที่มา และไม่ซ้ำกับบทตั้ง · บทเชื่อมใช้เฉพาะสุภาษิตในพุทธศาสนสุภาษิต เล่ม ๒
สุภาษิตบทเชื่อมที่เข้ากัน
ชั้นนี้เชื่อม ๒ บท · ลำดับที่กดเลือก = ลำดับในเรียงความ · ครบแล้วต้องเอาบทเดิมออกก่อนจึงเลือกบทอื่นได้ · เลือกครบแล้วระบบแต่งใหม่ทันที
ตัวอย่างนี้เรียบเรียงจากคำอธิบายพุทธศาสนสุภาษิตที่ผ่านการตรวจทาน ใช้ดูแนวการวางโครงเรื่องและการเชื่อมความ ไม่ใช่เฉลยของสนามหลวง ผู้สอบควรฝึกเขียนด้วยสำนวนของตนเอง
นักธรรมชั้นโท · บทเชื่อม ๒ บท · ภาษาญี่ปุ่น ประมาณ ๒,๒๔๘ ตัวอักษร
สุ่มสำนวนเชื่อม
Jīvatevāpi sappaññoApi vittaparikkhayā
Paññāya ca alābhenaVittavāpi na jīvati
財が尽きても智慧ある者は生きていける。しかし智慧がなければ、財があっても生きていけない。
(小部・長老偈 26/350)

อารัมภบทこれより、冒頭に掲げた法の主題の意味を詳しく説き明かし、学びと実践の指針といたします。

อธิบายบทตั้ง説明いたしますと、この格言は、智慧と財の価値を比べ、智慧のほうが確かであることを示しています。智慧こそが財を得、財を守り、どんな状況でもよく生きるための道具だからです。

ขยายความบทตั้ง智慧ある人は財が尽きても生きていけます。道を見いだす方法を知り、適応することを心得、どう再出発すればよいかを知り、自分の知識と能力を用いて再び収入を生み出すことができるからです。智慧のない人は、どれほど多くの財を持っていても、その価値を知らずに使ってしまったり、だまされやすかったり、投資に失敗したりして財を失い、失った後はどう生きていけばよいかわからなくなります。「生きていけない」とは、ここでは安定して質の高い生活を送れないという意味です。

ขยายความบทตั้งこの格言は、財が大切ではないと教えているのではありません。財は生活を快適にし、より多くの善を行うことを可能にする助けです。しかし財は外のものであり、さまざまな原因で失われることがありますが、智慧は内なるものであり、いつも私たちとともにあります。自分の智慧を育てることに投資する人は、人生に確かな保証を築いているようなものです。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๑命の価値は寿命の長さにあるのではありません。智慧あり瞑想する人は、たとえ一日しか生きなくても、智慧に乏しい者が百年生きるより勝れています。これは、『小部・法句経』に説かれる次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๑説明いたしますと、この格言は、人生の価値はその長さではなく質、すなわち智慧と定まった心を持つかどうかによってはかられると教えています。

อธิบายบทเชื่อม ๑「心定まらず」とは、散乱し、感情に揺さぶられ、集中のない心のことであり、「禅定に励む」とは、静かで定まった心で物事をありのままに観察することです。智慧もなく散乱した心で百年生きる人は、人生を理解しないまま、一生を愚かさと苦しみの中で過ごすかもしれません。一方、人生の真実を見た賢者は、たとえ一日だけでも、より価値あるものを得ているのです。

อธิบายบทเชื่อม ๑この言葉は智慧と禅定の価値を強調するための比較であり、長生きに価値がないという意味でも、短い命を望むよう勧めるものでもありません。むしろ、この格言を理解する人は、生きている一日一日を、智慧を育て心を修める貴重な機会と見て、それを無駄に過ごさないようにするのです。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๒権力と名声が智慧のない者の手に渡ると、その名声は繁栄をもたらすどころか、持つ者自身と周りの人々を傷つける武器のようになってしまいます。これは、『小部・本生経・一集』に説かれる次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๒説明いたしますと、「名声」(ヤサ)とは、ここでは地位、権力、名誉、そして従う人々を指します。この格言は、智慧のない人の手に渡った名声は、自分と他者をともに滅ぼす道具になると警告しています。

อธิบายบทเชื่อม ๒名声と権力は、非常に強い力をもつ道具のようなものです。賢者の手にあれば公のための利益を生み出すのに使われますが、愚か者の手にあれば、自分の欲望を満たすために使われます。たとえば、権力を使って他者を抑えつけたり、不正な利益を求めたり、おごり高ぶってあらゆる忠告に耳を貸さなくなったりします。このような行いは他者を直接害し、最後には自分に返ってきて、尊敬を失い、罰を受け、名声そのものを失うことになります。

อธิบายบทเชื่อม ๒この格言は、名声を得ることはただ喜ぶべきことではなく、それを保つには智慧と徳を必要とする責任であると教えています。重要な地位に就こうとする人は備えをすべきであり、人を地位に選ぶ役目の人も、能力や親しさだけでなく、その人の智慧と行いを考えるべきです。

ตัวอย่างในชีวิต日常生活では、災害で財産を失っても、職業上の知識があり計画を立てることのできる人は、多くの場合まもなく立ち直ります。一方、多額の遺産を相続しても管理の仕方を知らない人は、数年で使い果たしてしまうかもしれません。熱心に学ぶ生徒は、家が裕福でなくても、自分の知識と能力でよい未来を築く機会があります。

สรุป結論として、安定した人生を願う人は、財を蓄えることだけでなく、智慧を育てることにより多く投資し、その智慧によって正しく財を得、守るべきです。これは、冒頭に主題として掲げた次の法の言葉のとおりです。

Jīvatevāpi sappaññoApi vittaparikkhayā
Paññāya ca alābhenaVittavāpi na jīvati
財が尽きても智慧ある者は生きていける。しかし智慧がなければ、財があっても生きていけない。

ปิดท้าย以上に述べてきたとおりの趣旨であります。

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