ฝึกแต่งกระทู้ธรรม

เลือกพุทธศาสนสุภาษิตบทตั้ง ระบบจะเลือกบทเชื่อมและเรียบเรียงเป็นตัวอย่างเรียงความแก้กระทู้ธรรมตามแบบสนามหลวง

เป็นตัวอย่างสำหรับฝึกหัด ไม่ใช่เฉลย — ผู้สอบควรเรียบเรียงด้วยภาษาของตนเอง และจำบาลีกับคัมภีร์ที่มาให้ถูกต้อง

ฉบับทดลอง — คำอธิบายและสำนวนเชื่อมบางส่วนยังอยู่ระหว่างตรวจทาน อาจมีการปรับแก้
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この作文例は練習用であり、公式の模範解答ではありません。自分の言葉で書き、パーリ語とその出典を正しく覚えてください。
เรียงความภาษาญี่ปุ่น ใช้ได้เฉพาะสุภาษิตที่มีคำอธิบายฉบับแปลแล้ว — นักธรรมชั้นโท มี ๒๙ บท · บาลีแสดงเป็นอักษรโรมัน
สุ่มบทตั้ง
นักธรรมชั้นโท · สนามหลวงกำหนดให้อ้างสุภาษิตมาประกอบอย่างน้อย ๒ บท และเขียนไม่น้อยกว่า ๓ หน้ากระดาษ · ต้องบอกชื่อคัมภีร์ที่มา และไม่ซ้ำกับบทตั้ง · บทเชื่อมใช้เฉพาะสุภาษิตในพุทธศาสนสุภาษิต เล่ม ๒
สุภาษิตบทเชื่อมที่เข้ากัน
ชั้นนี้เชื่อม ๒ บท · ลำดับที่กดเลือก = ลำดับในเรียงความ · ครบแล้วต้องเอาบทเดิมออกก่อนจึงเลือกบทอื่นได้ · เลือกครบแล้วระบบแต่งใหม่ทันที
ตัวอย่างนี้เรียบเรียงจากคำอธิบายพุทธศาสนสุภาษิตที่ผ่านการตรวจทาน ใช้ดูแนวการวางโครงเรื่องและการเชื่อมความ ไม่ใช่เฉลยของสนามหลวง ผู้สอบควรฝึกเขียนด้วยสำนวนของตนเอง
นักธรรมชั้นโท · บทเชื่อม ๒ บท · ภาษาญี่ปุ่น ประมาณ ๒,๗๗๓ ตัวอักษร
สุ่มสำนวนเชื่อม
Na pāpajanasaṃsevīAccantasukhamedhati
Godhākulaṃ kakaṇṭāvaKaliṃ pāpeti attanaṃ
悪人と交わる者は純粋な楽を得られず、大トカゲの群れに入ったカメレオンのように、自ら災いを招く。
(小部・本生経・一集 27/46)

อารัมภบทこれより、冒頭に掲げた法の主題の意味を詳しく説き明かし、学びと実践の指針といたします。

อธิบายบทตั้ง説明いたしますと、この格言は、人とつき合うことに注意するよう警告しています。私たちが親しむ人は、私たちの人生を導く一因となるからです。悪を好む人と親しみ、その人を信じ込んだり従ったりすれば、苦しみが自分にも周りの人々にも及ぶことがあります。

ขยายความบทตั้ง『ゴーダ・ジャータカ』の注釈書には、次のような話があります。オオトカゲの王の子が一匹のカメレオンと友だちになりました。父が止めても、子は聞き入れませんでした。成長してからも、王の子はかつて遊んでいたときのようにカメレオンを抱きしめて押しつぶしたので、カメレオンは痛みに苦しみ、オオトカゲの群れを滅ぼそうと考えました。そして猟師を群れのすみかに案内し、破滅をもたらしました。一方、オオトカゲの王は前もって逃げ道を用意していたので、災いを免れることができました。この話は、思慮を欠いて人と親しみ、忠告に耳を貸さないことが、多くの者に災いをもたらしうることを警告しています。

ขยายความบทตั้ง「完全な安楽」とは、ここでわかりやすく言えば、満ち足りた安楽のことです。悪人に親しむ人は、何らかの楽しみや利益を得ることもあるかもしれません。しかし、その楽しみが過ちへと誘うものであったり、その利益が不正によって得られたものであったりすれば、それは後の苦しみの原因となります。ですから、自分が親しむ人がどのような方向へ誘っているのか、つまり誠実さ、勤勉さ、責任感へと誘うのか、それとも欺き、害し、務めを放り出すことへと誘うのかを、よく考えるべきです。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๑人は、どのような人を友とするかによって、そのような人になります。共に住むうちに、考え方も習慣も行いも、互いに伝わり合っていくからです。これは、『小部・本生経・二十集』に説かれる次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๑説明いたしますと、この格言は、交わりの原則を簡潔にまとめています。人は親しくつき合う人に似ていく傾向があります。共に暮らすことによって、考えや習慣が互いに伝わるからです。

อธิบายบทเชื่อม ๑共に暮らすことは、自然な学びを生みます。私たちは、意図することなく、身近な人の考え方、話し方、価値観、振る舞いを吸収していきます。勤勉な友は私たちを勤勉にし、怠惰な友は私たちを怠惰にします。前向きな友は私たちを励まし、不平ばかり言う友は私たちにも物事を否定的に見させます。ですから、友を選ぶことは、将来自分がどのような人になるかを選ぶことと同じなのです。

อธิบายบทเชื่อม ๑この格言は、人には選択の余地がなく、いつも周りの人に合わせて変わらなければならないという意味ではありません。念と確かな原則を持つ人は、悪い環境の中でも自分の善さを保つことができ、他者が変わるのを助ける手本にさえなることができます。しかし、一般の人にとって、とくにまだ学びの年頃にある人にとっては、よい友を選ぶことが最も安全で効果的な道なのです。

ประโยคสะพาน + ที่มา ๒人が悪人と交われば、衰えと悪趣へと導かれます。しかし善人と交われば、栄えと善趣へと導かれます。ですから、誰と交わるかは人生においてきわめて大切なことなのです。これは、『小部・本生経・二十集』に説かれる次の仏陀の言葉のとおりです。

อธิบายบทเชื่อม ๒説明いたしますと、「善き人」(サップリサ)とは正しく振る舞う人のことであり、「悪しき者」とは善くなく、法に背いて行動する人のことです。この格言は友を選ぶうえでの大切な原則を教えています。私たちが親しむ人は、人生の方向に影響を与えるからです。

อธิบายบทเชื่อม ๒悪しき者が地獄に導くとは、悪しき人は賭け事、薬物、盗み、他者を傷つけることなど、悪を行うよう私たちを誘いがちであり、それに従えば、この世でも来世でも苦しみと困難を受けることになるという意味です。一方、善き人は私たちを正しい方向に導き、善を行うよう励まし、よい手本を示し、道を誤ったときには注意してくれます。ですから、善き人に親しむことは善き境涯、すなわち繁栄と幸せへと導くのです。

อธิบายบทเชื่อม ๒友を選ぶとは、振る舞いの悪い人を見下したり憎んだりすることではありません。そうした人々にも慈しみと善意を持つことはできますが、とくに自分の心がまだ十分に定まっていないときには、道を誤らされるほど親しくなるべきではありません。また、誰が善き人かは、財産や外見ではなく、行いによって判断すべきです。

ตัวอย่างในชีวิต日常生活では、友だちについて行ってけんか騒ぎを起こす人は、けがをして家族に迷惑をかけるかもしれません。利益を期待して不正な人を信じ込む人は、財産も信頼も失うかもしれません。また、友だちに合わせて課題を写したり他人をいじめたりする生徒は、善い人となるよう自分を鍛える機会を失います。ですから、どれほど友だちを大切に思っていても、友だちの機嫌をとるために過ちを犯すべきではありません。勇気をもって互いに忠告し合い、害のある方向へ誘われたときには、はっきり断る勇気を持つべきです。

สรุป結論として、悪人に気をつけるというのは、過ちを犯したことのある人を見下したり、追い打ちをかけたりすることではなく、その人の行いを見極め、自分が悪へと導かれないようにすることです。私たちはその人に慈しみを持つことも、正しいことにおいて助けることもできますが、一緒に過ちを犯す必要はありません。ですから、安らぎを願う人は、善を支えてくれる人を選んで親しみ、開かれた心で忠告に耳を傾け、誠実な道にしっかりととどまるべきです。これは、冒頭に主題として掲げた次の法の言葉のとおりです。

Na pāpajanasaṃsevīAccantasukhamedhati
Godhākulaṃ kakaṇṭāvaKaliṃ pāpeti attanaṃ
悪人と交わる者は純粋な楽を得られず、大トカゲの群れに入ったカメレオンのように、自ら災いを招く。

ปิดท้าย以上に述べてきたとおりの趣旨であります。

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