พุทธศาสนสุภาษิต

สำหรับวิชากระทู้ธรรม — บาลี คำแปล คัมภีร์ที่มา และคำอธิบายความหมาย เพื่อใช้ศึกษาและเป็นแบบอย่างในการแต่งกระทู้ธรรม

คำอธิบายเป็นเพียงตัวอย่างการตีความ ไม่ใช่เฉลย — ใช้เป็นแนวทางเบื้องต้น และควรศึกษาเพิ่มเติมจากพระไตรปิฎกและคัมภีร์อื่น ๆ

ธรรมศึกษา (ต่างประเทศ)
ธรรมศึกษาชั้นเอก (ต่างประเทศ) · หลักสูตรฉบับปรับปรุง ๒๕๕๗ · ๕๔ บท · มีคำอธิบายแล้ว ๐ บท
อัปปมาทวรรค — หมวดไม่ประมาท ๖ บท
比丘たちよ、不放逸で、念があり、戒を善く保ち、意志をよく定め、自らの心を守れ。
ที. มหา. ๑๐/๑๔๒.
不放逸を喜び、自らの心を守れ。泥に沈んだ象が自ら抜け出すように、自らを泥沼から引き上げよ。
ขุ. ธ. ๒๕/๕๘.
不放逸を喜び、放逸に怖れを見る比丘は、火が大小の燃料を焼き尽くすように、大小の束縛を焼き尽くす。
ขุ. ธ. ๒๕/๑๙.
不放逸を喜び、放逸に怖れを見る比丘は退転することなく、まさに涅槃の近くにいる。
ขุ. ธ. ๒๕/๑๙.
このように住し、念あり不放逸で、「わがもの」という執着を捨てて遊行し、知る者となった比丘は、この世において生・老・憂・悲・苦を捨て去るであろう。
ขุ. สุ. ๒๕/๕๓๕. ขุ. จู. ๓๐/๙๒.
智慧ある人は、精進と不放逸と律儀と自制によって、洪水も覆い尽くせない島を築くべきである。
ขุ. ธ. ๒๕/๑๘.
จิตตวรรค — หมวดจิต ๙ บท
心が貪欲に浸されず、意が瞋恚に打たれず、善悪ともに捨てて目覚めている者には、恐れがない。
ขุ. ธ. ๒๕/๒๐.
この身を瓶のようだと知り、この心を城のように固めて、智慧の武器で魔と戦い、勝ち取ったものを守り、とどまることなかれ。
ขุ. ธ. ๒๕/๒๐.
世は心に導かれ、心に引きずられる。すべての生きものは、心というただ一つのものの支配下にある。
สํ. ส. ๑๕/๕๔.
渇愛に打ち負かされ、戒禁に縛られ、百年にわたり粗い苦行を修する者――その心はよく解脱せず、性が劣るゆえに彼岸に至れない。
สํ. ส. ๑๕/๔๐.
抑えがたく、軽やかで、欲するところに落ちていく心を調えることは善い。調えられた心は楽をもたらす。
ขุ. ธ. ๒๕/๑๙.
悪業をなし、兄弟や父母の財産を騙し取る者は心が汚れており、栄えることなく、神々もその者を敬わない。
ขุ. ชา. ติก. ๒๗/๑๒๐.
禅定し、心が解脱し、世間の生滅を知り、善き心をもち、煩悩に依らない比丘は、それを功徳として心の清浄を望むことができる。
สํ. ส. ๑๔/๗๓.
心がひるまず、意が沈まず、束縛からの安穏を得るために善法を修する者は、次第にあらゆる束縛の滅尽に至ることができる。
ขุ. ชา. เอก. ๒๗/๑๘.
智慧ある人は、見がたく、きわめて微細で、欲するところに落ちていく心を守るべきである。守られた心は楽をもたらす。
ขุ. ธ. ๒๕/๑๙.
ธัมมวรรค — หมวดธรรม ๓๑ บท
滅した(般涅槃した)者には量るものがない。その人を語る手がかりは、その人にはもはや存在しない。あらゆる法(蘊など)が取り除かれたとき、(その人が何であるかを語る)あらゆる言葉の道も取り除かれる。
ขุ. สุ. ๒๕/๕๓๙. ขุ. จู. ๓๐/๑๓๙.
上に、下に、横に、中間に――執着の因となるあらゆる渇愛を除け。人が世においてなにかに執着すれば、まさにそれによって魔がその人を追うからである。
ขุ. สุ. ๒๕/๕๔๖. ขุ. จู. ๓๐/๒๐๒.
秋の白蓮を手で摘み取るように、自己への愛執を断ち切れ。寂静の道のみを増し、善逝の説かれた涅槃に至れ。
ขุ. ธ. ๒๕/๕๓.
人は互いに諭し、教え、不善から遠ざけるべきである。そのような人は善人に愛され、悪人には愛されない。
ขุ. ธ. ๒๕/๒๕.
欲に過患を見て梵行を修し、渇愛を離れ、つねに念があり、よく考察して寂滅した比丘には、動揺がない。
ขุ. สุ. ๒๕/๕๓๑. ขุ. จู. ๓๐/๓๕.
法に住しない王族と、法によらない庶民――この二者はこの世を去った後、悪趣に至る。
ขุ. ชา. ปญฺจก. ๒๗/๑๗๕.
旅路を終え、憂いを離れ、あらゆる点で解脱し、すべての繋縛を捨てた者には、熱悩がない。
ขุ. ธ. ๒๕/๒๗.
肢体を守るためには財を捨て、命を守るためには肢体を捨てよ。そして法を思うときは、肢体も財も命さえも、すべてを捨てよ。
ขุ. ชา. อสีติ. ๒๘/๑๔๗.
言い表せないもの(涅槃)を願い、心がそれに満たされ、欲に縛られない者は、「上流に向かう者」と呼ばれる。
ขุ. ธ. ๒๕/๔๔.
飢えは最大の病、諸行は最大の苦である。これを如実に知って寂滅を得ることは、最上の楽である。
ขุ. ธ. ๒๕/๔๒.
美しい王の車も朽ち、身体もまた老いに至る。しかし善人の法は老いることがない。善人は善人とのみそれを知る。
สํ. ส. ๑๕/๑๐๒.
禅定し、たゆまず、つねに堅く精進する賢者たちは、無上の安穏である涅槃に触れる。
ขุ. ธ. ๒๕/๑๘.
ただ苦のみが生じ、苦が住し、また滅する。苦のほかに生じるものはなく、苦のほかに滅するものはない。
สํ. ส. ๑๕/๑๙๙. ขุ. มหา. ๒๙/๕๓๖.
大王よ、法は(歩むべき)道であり、非法は(歩むべきでない)邪道である。非法は地獄へ導き、法は天界へ至らせる。
ขุ. ชา. สฏฺฐิ. ๒๘/๓๙.
世は喜びに縛られ、思いによってさまよう。渇愛を捨てることによって、それが涅槃と呼ばれる。
ขุ. สุ. ๒๕/๕๔๗. ขุ. จู. ๓๐/๒๑๖, ๒๑๗.
わたし(如来)は、智慧と精進と諸根の防護とすべてを捨てることのほかに、生きものの安穏を見ない。
สํ. ส. ๑๕/๗๕.
遍知された五蘊は根を断たれて立っている。苦の滅尽に達し、いまやもはや再有はない。
ขุ. เถรี. ๒๖/๓๓๔.
十力尊の法と律に励み、世事に煩わされず、生と死を捨てるために精進する者――その人は涅槃に達する。
ขุ. เถร. ๒๖/๕๐๒.
多く学んだ人に近づき、聞いたことを衰えさせてはならない。聞くことは梵行の根本である。ゆえに法を保つ者となれ。
ขุ. เถร. ๒๖/๔๐๖.
諸々の道のうち八正道が最上であり、諸々の真理のうち四つの句が最上であり、諸々の法のうち離欲が最上であり、二足の者のうち眼ある仏陀が最上である。
ขุ. ธ. ๒๕/๕๑.
名と色が余すところなく滅するところ――そこにおいて、識の滅によって、この名と色は滅する。
ขุ. สุ. ๒๕/๕๓๑. ขุ. จู. ๓๐/๒๑.
真実、法、不害、自制、調御のある人――聖者はそのような人と交わる。それこそ世における不死の法である。
ขุ. ชา. ทุก. ๒๗/๕๘.
世にあるもろもろの流れ、念がそれをせき止める。念こそ流れの防護であるとわたしは説く。それらの流れは智慧によって閉ざされる。
ขุ. สุ. ๒๕/๕๓๐. ขุ. จู. ๓๐/๑๖, ๒๐.
心が静まり、身を守る智慧があり、念があり、禅定し、欲に未練のない人々は、法を正しく見る。
ขุ. อิติ. ๒๕/๒๖๐.
遅滞をもたらす戯論を捨て、戯論なき境地を喜ぶ者――その人は無上の安穏である涅槃に達する。
องฺ. ฉกฺก. ๒๒/๓๒๙.
ある沙門・婆羅門は自らの法を完全であると言い、他者の法を劣っている(欠けている)と言う。彼らはそれゆえに争い論じ合う。各々が自らの取り決めを真理と称するからである。
ขุ. สุ. ๒๕/๕๑๑. ขุ. มหา. ๒๙/๓๘๓.
正勤を具え、念処を行境とし、解脱の花に覆われ、漏のない者――その人は般涅槃するであろう。
ขุ. เถร. ๒๖/๒๘๒.
正等覚者の説かれた涅槃はまことに楽である。憂いなく、塵なく、安穏で、苦の滅する処である。
ขุ. เถร. ๒๖/๓๐๙.
劣った法に親しまず、放逸に住まず、邪見に親しまず、世の重荷となってはならない。
ขุ. ธ. ๒๕/๓๗.
劣った梵行によって王族に生まれ、中程度の梵行によって神となり、最上の梵行によって清浄となる。
ขุ. ชา. มหา. ๒๘/๑๙๙.
วิริยวรรค — หมวดความเพียร ๕ บท
怠惰を恐れと見、精進の発起を安穏と見て、精進を発起せよ――これが諸仏の教誡である。
ขุ. จริยา. ๓๓/๕๙๕.
汝ら自らが励まねばならない。如来はただ道を示す者である。禅定し道を行く者は、魔の束縛から解き放たれる。
ขุ. ธ. ๒๕/๕๑.
眠気、怠惰、伸び、不快、食後の倦怠を精進によって追い払うとき、聖道は清浄となる。
สํ. ส. ๑๕/๑๐.
怠惰で精進の乏しい者が百年生きるより、堅固に精進を発起する者が一日生きるほうが勝れている。
ขุ. ธ. ๒๕/๓๐.
つねに戒を具え、智慧があり、心がよく定まり、精進を発起して自らを励ます者は、渡りがたい暴流を渡る。
สํ. ส. ๑๕/๗๕.
สามัคคีวรรค — หมวดสามัคคี ๓ บท
争いを恐れと見、争わぬことを安穏と見て、和合し、和やかであれ――これが諸仏の教誡である。
ขุ. จริยา. ๓๓/๕๙๕.
和合を学べ。和合は賢者たちに称賛されている。和合を喜び、法に住する者は、束縛からの安穏を失わない。
ขุ. ชา. เตรส. ๒๗/๓๔๖.
僧団の和合は楽であり、和合する人々を支えることもまた楽である。和合する人々を喜び、法に住する者は、束縛からの安穏を失わない。
ขุ. อิติ. ๒๕/๒๓๘.
บาลีอักษรโรมันถอดจากอักษรไทยโดยอัตโนมัติ · คำอธิบายแสดงเฉพาะบทที่ผ่านการตรวจทานแล้ว
ฝึกแต่งกระทู้ธรรม แบบฝึกท่องจำ ปัญหาธรรมศึกษาย้อนหลัง หน้าหลัก